Story


僕は1998年から2011年まで
エコロジー/広告というテーマで生きてきました。
 
今の社会の仕組みのままでは、
僕の孫の孫は地球上に住み続けることはできません。
今を生きている僕等にとっては、
未来の地球でも僕の孫の孫が生きていいける環境を
持続させることが最も取り組むべきテーマだろう。

マーケティング/広告を学べば、
そちらの方向へ人を動かせる方法を学べるに違いない。
そう思ったから、この2つのテーマで生きてきました。

今の会社(オプト)にもその思いを持って入社し、
2008年から2年弱、新規事業で
自然エネルギーの促進をテーマに動かせてもらいました。
 
しかし、うまくいきませんでした。稼げませんでした。

2011.3.11.東日本大震災、そして、原発事故。

自然エネルギーを広めたかった僕には
原発は対局のエネルギー源。
ショックでした。
僕の住んでいる場所は
原発事故前の放射線管理区域の放射線量になりました。
子供達と奥さんは北海道に避難しました。寂しかった。

二世帯分の生活費を稼がなければいけません。
僕はマーケティング本部長を拝命しました。

でも、体調を崩し休職することになりました。

僕は頭で考えただけのVisionでは踏ん張れないことを知りました。
動けなくなりました。
これからどう生きていけばいいのかわからなくなった僕は、
家族のいる北海道に行きました。

ある日、なにかに突き動かされるように森の中を歩きました。
そして、静かな音のない森の中で座りこんでいたら、
ある考えが湧き出してきました。

僕がエコロジーをテーマにしたのは義務感とか
そんなカッコイイことではなくて、
アジアの小さな島のだれもいない海で遊んでいたら、
そこが開発途中なのを知り
それを壊されるのがイヤだったのが原点だったのです。

つまり僕の信じられるたった一つのことは自然の中にいるのが好き。
自然とひとつになる感覚が好き。ただそれだけだったのです。
社会的な大義など後からとりつけたものだったことに気づきました。

僕の本当の根っこはそれだけでした。

ふと森を見回すと、
森に存在する全ての命が自分の与えられた命を与えられた環境で
精一杯に生ききっていました。
そのことがこんなにも美しい世界を生み出していることに気づきました。

原発も自然エネルギーもいいも悪いもない。
資本主義も共産主義も、右翼も左翼もいいも悪いもない。
エコロジーも工業化もテクノロジーもいいも悪いもない。
イスラム教もキリスト教もいいも悪いもない。

ただただ、それぞれの命が自分に与えられた役割で、
その生命を全うすること、それだけが大切。

僕は僕の大好きな場所で、
みんなが自分の生き方(=Vision)を感じ、
気持よくこの先もしなやかに生きていく、
そのきっかけになるような場所を作りたい。

僕のVisionはそういう場を作ること。

僕はもう一度生きていく勇気と強さとVisionを森からもらえたのです。